[FIWC-C.COM] フレンズ国際ワークキャンプ中国 - JIA 組織第一期

FIWC-中国ハンセン病快復村支援プロジェクト
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第1期:「Childish Committee」(2004年6-9月)

中国史上初のワークキャンプ

  • 日本と韓国のハンセン病快復村でのワークが減少するにつれ、韓国と日本のキャンパーたちは他の国でワークキャンプを開催することを1984年より検討し始める。
  • 1999年、カン=サンミン(元韓国ピースキャンプ代表、現JIA雲南オフィス責任者)は広東省漢達康福協会(HANDA)の楊理合教授の協力の下、広東省清遠市と雲南省でワークキャンプを開催するための下見調査を行った。そして2001年、カンの韓国ピースキャンプとフレンズ国際ワークキャンプ(FIWC)関西委員会の柳川義雄は清遠市ヤンカン村(ハンセン病快復村)にて中国史上初のワークキャンプを開催する。

中国からのキャンパーの誕生

  • 2002年ピースキャンプとFIWC関西委員会が第2回ヤンカン村キャンプを開催する。それにFIWC関東委員会の西尾雄志(当時委員長)と原田燎太郎が参加する。ふたりは同年11月、広東省潮州市リンホウ村にてFIWC関東委員会主催のキャンプを開催する。すっかりリンホウ村を気に入った原田は大学卒業直後の2003年4月、リンホウ村にFIWC関東委員会の駐在員として住み込み、中国の大学を回りながら中国の学生をキャンプに巻き込んでいく。
  • そして2003年8月、ヤンカン村とリンホウ村のキャンプに中国の学生キャンパーが初参加する。広東省広州市と潮州市の大学生たちだ。

中国のキャンパーが主催する初めてのミニキャンプ

  • ここからが早い。2003年10月には広州のキャンパー・ツァイ=ハン(広東商学院、現在JIAのOG/OB会・バックアップチーム理事)と原田によってミニキャンプが開催される(中国のキャンパーが準備した最初のキャンプ)。それに参加したのが後にJIA理事会の理事となるフォン=ハオインや現在JIAのプロジェクトマネージャーのG.Y.ワン(共に広東商学院当時大学1年)だ。次第にキャンプは中国の人々の間に浸透していく。

キャンプサイトの急激な増加

  • キャンプ地の拡大も中国のキャンパーの手によってなされる。現在JIAバックアップチーム(OG/OB会)理事リャン=ドンビン(曁南大学)はFIWC関東委員会の吉田亮輔・原田と共に2003年10月広東省呉川に調査にゆき、地元の湛江師範学院でキャンプ参加者を募集する。ツァイ=ハンと原田はFIWC関西と共に広西壮族自治区桂林市の村と南寧の広西医科大学を開拓する。2004年2月には呉川と桂林に加え、早稲田大学ボランティアセンターのインストラクターになっていた西尾と中山大学によって広東省茂名市でも初めてのキャンプが開催される。5月にはフォン=ハオインと原田が雲南へワークキャンプを発展させ、雲南農業大学を巻き込んでいく。

急激な増加が引き起こした問題

  • こうして中国キャンプは急激に増加する。2001年にひとつしかなかったキャンプ地は2004年8月までに7つとなる。そうなると問題になってくるのが、キャンプを準備する人材の不足、キャンプのプロジェクトを行うための資金の不足、キャンプに関連した情報の不足だ。2004年2月から現れ始めたこれらの問題は同年の夏までに深刻な状況になる。

NGO設立準備委員会「Childish Committee」設立

  • そこで原田燎太郎(当時FIWC関東委員会中国駐在員)は、中国のワークキャンプを円滑に運営していくためのNGOを設立することを考え始める。そのアイディアに乗ったのが、2003年暮れより広州に住み始めたカン=サンミン、学生のツァイ=ハン、フォン=ハオイン、G.Y.ワンだ。2004年6月1日(中国のこどもの日)、広東商学院にてキャンプ参加者募集のプレゼンテーションが終わった後、こどもの日にちなんで、NGO設立準備委員会「Childish Committee」を設立する。7月からはツァイ=ジエシャン(韓山師範学院)も加わる。

仕事内容

  • Childish Committeeは不定期で、2-3日おきにミーティングを開き、NGOの構想を練る。Childish Committeeの話し合いで決まったこと。
  1. 設立するNGOは直接ワークキャンプを組織する団体ではなく、中国各地域のキャンパーたちが自立的にキャンプを準備するのをサポートする団体であること。
  2. この動きを確実にしていくため、中国の各地域に「JIAワークキャンプ地域委員会」を設立し、ひとつの地域にあるいくつかのワークキャンプ団体が相互に協力してその地域にある村々とパートナーシップを結んで活動するようにすること。
  3. JIAから地域委員会へのサポートの内容は、情報収集と共有、ワークキャンプのコーディネーターを養成するトレーニング開催、国際的にNGOや財団などを結ぶネットワークを構築すること。
  • このNGOの設立は、各地域のキャンパーと話し合い、その合意の上で行いたい。そこでChildish Committeeは2004年8月、「第1回ワークキャンプの国際ネットワーク会議」をFIWC関東委員会と共に開催し(協賛:日本財団)、広東・広西・雲南にあるワークキャンプ7つと韓国・日本のワークキャンプ団体それぞれの代表を広州に招き、ワークキャンプの急激な発展に伴う「情報・人材・資金」の問題に焦点を合わせてディスカッションを行う。その結論として、各地域の代表たちは「JIAワークキャンプコーディネーションセンター」の設立の必要性を認識するに至り、JIAが設立された。

問題点

a. トップダウン方式

  • Childish Committeeはお互いによく知り合ったメンバーで構成されており、会議は頻繁で自由に意見が出され、議論された。
  • 第1回ネットワーク会議でのディスカッションのテーマと流れも研究され、ディスカッションの結果は誘導的にJIAの設立へ至るように考えられていた。
  • キャンプが始まったばかりの中国には経験の豊富なキャンパーが少ないため、Childish Committeeは中国キャンプの発展をリードしていかなければならなかったからだ。
  • ワークキャンプのコーディネーションセンターとしてのNGO設立というアイディア、そのNGOの名前-「家JIA, Joy in Action」、理念-“World as One Family by Work Camp”などすべてがChildish Committeeによって考えられた。
  • ほとんどのキャンパーが「“NGO”って何?非政府?反政府?」「『そーしゃるわーく』?何それ?」という状態で、かつ情報・人材・資金が不足しているという状況下、ある程度の強権は仕方なかっただろう。
  • しかしこのトップダウン方式の下で、次第に形成されていったのが、「JIAはハンセン病快復者をサポートするための組織である」という意識だ。
  • JIAがワークキャンプを広めていく上で、JIAはハンセン病快復村以外のキャンプの可能性をキャンパーたちに示してこなかった。そのため、キャンパーたちは自然と「ワークキャンプはハンセン病快復村のためだけのもの」で、「JIAはハンセン病快復者のためのもの」と認識するようになった。
  • 参考:JIAワークキャンプの定義(2004年)
  • ワークキャンプでは、ハンセン病快復村の生活環境を改善するボランティア活動で、トイレの建設や水道設置、家屋建設などを行う。
  • ワークキャンプ中、キャンパーはハンセン病快復村にてハンセン病快復者の村人と1-3週間生活を共にし、キャンパーと村人は家族のような個人的関係を築き上げ、非日常的な体験をする。

b. 明確でない理念、戦略、ガバナンス

  • また、Childish Committeeは組織として基本的なこと(理念、戦略、ガバナンスなど)をきちんと決定せず、またそれを明文化しなかった。これが以後、JIAが大きくなるにつれて深刻な問題を引き起こし始め、現在(2008年)ではそれが顕著になっている。

c. 現在に至るまでの混乱

  • ワークキャンプ地域委員会の設立というアイディアがJIAのワークキャンプのネットワークを「組織ベース」で考えるように影響している。
  • 当時Childish Committeeは「いかにワークキャンプを継続するか」に重点を置きすぎ、地域委員会を運営していくべきキャンパーたちの理解が深まっていないにもかかわらず、まずワークキャンプ地域委員会を設立してしまった。このことが近年いくつかの悪影響を生み出している
  • キャンパーたちは自分たちの所属先がどこなのか明確に理解していない―地域委員会なのか、地域委員会を構成する大学のワークキャンプ団体なのか、それともJIAなのか。
  • 地域委員会を構成する大学のワークキャンプ団体に属していない人は、どれほど活動的であってもJIAのネットワークに参加することができない。
  • ワークキャンプはJIAのものなのか、中国国外の協力団体のものなのか、それともキャンパーのものなのか。

主な出来事

時期
場所 関係者 出来事
2001年2月
ヤンカン村 カン=サンミン、柳川義雄 中国史上初のキャンプ
2002年2月
ヤンカン村 カン=サンミン、ユ=ソンド 中国2回目のキャンプ
2002年11月
リンホウ村 原田燎太郎 潮州地区開拓
2003年8月
ヤンカン村、リンホウ村 原田燎太郎 中国のキャンパー誕生
2003年10月
ヤンカン村 ツァイ=ハン中国のコーディネーターによる初めてのキャンプ
2004年2月
トゥーグアン村 湛江師範学院 リャン=ドンビン、原田燎太郎、吉田亮輔 湛江地区開拓
ピンシャン村 ツァイ=ハン、原田燎太郎 広西壮族自治区開拓
2004年6月
広州 ツァイ=ハン、フォン=ハオイン、G.Y. ワン、カン=サンミン、原田燎太郎 Childish Committee設立
2004年8月
フオシャン村 フォン=ハオイン、原田燎太郎 雲南省開拓